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第二章 共有 第一話

Author: 夏目若葉
last update Last Updated: 2025-04-03 10:26:02

 最上梨子の“秘密を守る”という条件付だったけれど、仕事のオファーは無事に請けてもらえることになった。

 会社に戻って部長に報告するとよろこんでくれて、すぐに稟議書を書き上げて、会社に提出するまで事を進める。

「きっと稟議は通るよ」

 部長が言ってくれた通り、しばらく日が経ってから新作ドレスの稟議が降りたと上から知らせが来た。

 もちろん、これからまだまだ道のりは長いのだけれど。

「朝日奈、やったな! 会社のOKも出たし。いいドレスができるのを期待してるよ」

「はい!」

 私も満面の笑みだったけれど、部長も興奮していていつもより声が上ずっている。そしてなにより明るい。

「だけどまずはデザインだな。最上梨子がどんなデザイン案を提示してくるのかわからんが、実際にそれがなきゃ話にならん」

「ですね」

 最上梨子のドレスが、うちの衣装部のマネキンに飾られる日がくるんだと思うだけで頬が緩んだ。

 最悪、私の企画が最終的に通らなかったとしても、新作のドレスは衣装部に入荷することになる。

 もしそうなったとしても、私が携わったドレスなのだからそれだけでも個人的にはすごくうれしい。

「実際に衣装が出来上がったら、モデルを使って新しいパンフレットを作ろう。撮影の予算は俺が会社に掛け合ってやるから」

「ありがとうございます」

「とにかくお前は最上さんのとこに行って打ち合わせしてこい」

「はい」

「女性なんだから甘いものとか好きそうだよな。どこかでスイーツの手土産でも買って、彼女の機嫌を取っておけよ?」

「……そう、ですね」

 最後の最後に、顔が引きつってしまった。

 この企画に意気込みすぎて、今は忘れてた。……最上梨子の秘密のことを。

 誰にも言わないと約束したのだから、もちろんそれは直属の上司である袴田部長にも絶対に言えない。

 最上梨子が実は男だったからと言って、会社に損失を与えるわけでもないし。

 別に黙っていても、どうってことはない。

 だけど今の引きつった顔……部長にバレていないだろうか。

◇◇◇

「お電話でもお話しましたが、今日は依頼したデザインの件で伺いました」

 最上梨子デザイン事務所に赴くと、マネージャーの顔をした宮田さんが現れ、今度はすぐさま例のアトリエ部屋へと通された。

「最上先生がデザインするドレスがどんなものになるのか、今から楽し
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    「もし、そのモデルくんに会うことができたら告白しちゃう?」 「なにを言ってるんですか。もう会えませんよ。八年間、全く紙面で見かけませんし」 「万が一だよ。万が一、もう一度会えたら、好きですって言うつもり?」 サラっと返事を返す私とは正反対に、隣を見るとなぜか宮田さんは不機嫌そうな面持ちになっていた。 八年ぶりにまた会えたからって、告白?  本当になにを言うんだ、この人は。  向こうにとってみれば八年ぶりも何もなく、いきなり知らない女が告白してきたことになるのに。 八年前からファンでした、くらいのことは勇気を出せば言えるかもしれないけれど。  本気の告白なんて、できるわけがない。ま、するつもりもないけど。  憧れの人をまたこの目で見てみたいだけだ。  でも、こういうのももしかしたら片想いのうちに入るのかな?  憧れだから、違うのかな?……それすら私はよくわかっていない。「どうしたんですか? 顔が怖いですよ」 「だって気になるし、妬けるよ」 漆黒の瞳が、私を捕らえてじっと射貫く。  なんだか距離が近いのでは? と思ったときにはすでに、額にそっとキスをされていた。「なっ、なにしてるんですか」 「あ、本当だ」 まるで今のは、自分ではない別人がしたことみたいに、宮田さんはあっけらかんとした表情で笑っていた。  冗談では済まされない行為でしょ、これは。「なんか今ね、チュってしたくなったんだ。なんでだろうね」 なんでだろうね、って言われても、こっちが聞きたい。「……あ、そうか」 彼は自問自答しつつ、なにか自分なりにその答えを見つけたようだ。「僕は朝日奈さんが好きなのか……」 なんだ、そういうことか。  などと、納得したような顔をする宮田さんを前に、私は驚愕して言葉が出ない。  ただ宮田さんを見つめて、パチパチとまばたきを繰り返してしまう。 私は今、告白されたのだろうか。 宮田さんから?  ま、まさか。  だって宮田さんにとって私は、ただの仕事相手で。  ほかの女性と変わらない、からかって遊ぶだけの、なんてことはない存在のはずなのに……「冗談……ですよね?」 だけど。宮田さんの唇が触れた額が、そこだけ熱を持って熱い。  どうしちゃったんだ、私……  というか、唐突になんてことをしてくれるんだ!「本気だけど?」

  • 解けない恋の魔法   第三章 憧れか、一目惚れか 第八話

     ただ一方的に憧れているだけだもの。  私のことを知ってもらおうとか、そんな気持ちは一切ないから。  あの時はただ、彼を見て純粋に胸がキュンとした。  整った顔がまるで王子様みたいで、その笑顔に胸が高鳴った。 あれから八年経つ。……今の彼はもっと大人になっているんだろうな。  今もきっと、イケメンぶりは健在なのだろう。「袴田さんもこのことは知らないの?」 「……うちの部長ですか?」 唐突に出された名前に、首を傾けながら不思議そうに宮田さんを見る。「はい。言ってませんけど?」 「それを聞いたら、袴田さんは妬いちゃうよね」 「……は?」 今度は思わず眉をしかめた。この人はなにを言ってるんだろう。「部長が……妬く? 私にですか?」 「うん。あれ? そういう関係じゃないの?」 「違いますよ! 部長は若く見えますけど四十歳です。私といくつ歳が離れてると思ってるんですか。そんな関係にはなりえません」 私がそう言うと、宮田さんはワハハと声に出して急に笑い出す。  勘違いが解けるといいのだけれど。「バカだね、朝日奈さんは。年齢なんて関係ないじゃん。それくらい歳の離れたカップルや夫婦、いくらでもいるよ」 そう言われてみると、そうだ。  その人のことを好きかどうかであって、年齢は関係ない。  私と部長は十四歳差だけれど、世の中にはそれくらいの歳の差カップルもたくさん存在する。  自分の言ったことが、今更恥ずかしくなってきた。「それにしても袴田さんは四十歳なんだ。ほんと、実年齢よりずいぶん若く見えるね。髪型や体つきもオジサンくさくないし、シャツとかネクタイとか、選んでるもののセンスがいいからかな」 部長とは一度会っただけのはずなのに、そこまで見ていたのかと感心してしまったけれど。  そういえば以前、部長が言っていた。  人や部屋や空間……そういうところを見てしまうのがクセなのだと。  宮田さんも、きっとそうなのだろう。「部長は元々インテリアデザイナーを目指してたんですよ」 「……デザイナーね。なるほど、どうりで。まさか僕と同じ畑だったとは」 なにかをデザインして、それを形にしていく……  そう。ふたりはおおまかには同じ畑の人間なのだ。「ま、とにかく。袴田さんと付き合ってないんだったら、ライバルはその、八年前のモデルくんかな

  • 解けない恋の魔法   第三章 憧れか、一目惚れか 第七話

    「今から言うことは誰にも言わないでもらえます?」 「わかった」 「絶対に秘密ですよ?」 「もちろん」 本当は私がただ恥ずかしいだけで、別に今さらほかの誰かに知られたとしてもどうってことのない内容なのだけれど。  だけど大げさに“秘密”だと冗談を言う私に、宮田さんがうなずきながらイタズラっぽく微笑む。「これで僕たち、お互いの秘密を共有しあう仲になるんだね」 一応そうなりますかね。あなたのほうは本当に誰にも言えない秘密ですけど。  何故か意味深に言う宮田さんがおかしくて、思わずクスっと笑いがこみ上げた。「私が高校三年生のときの話なんですけどね。たまたま通りかかったチャペルで、モデルさんが撮影してたんですよ」 「撮影?」 「はい。今思えば、ウエディング専門誌とか、そういうのだと思うんですけど。真っ白なウエディングドレスを着た綺麗な女の人と、かっこいいタキシードを着た綺麗な男の人がいました。周りには機材がたくさんあって、カメラマンやスタッフもいて、すぐに撮影だってわかったから、私はヤジウマで遠くからそれを見ていたんです」 見ていた……というより、見入っていたんだ。  その場から離れられなくて、釘付けになった。「男性のモデルさんがすっごく素敵で、イケメンで、かっこいいなぁーって思っちゃって。でも、あとでどの雑誌を探しても、そのモデルさんを見かけることはありませんでした。だけどもしかしたら……私もこの業界に就職すれば、また会えるかもしれないって内心そう思ったのは事実です」 動機、不純でしょ? と笑ってそう言えば、宮田さんが苦笑いを浮かべる。  本当に不純な動機だ。  そのモデルの彼に近づけるのなら、職種は何でも良かったのか?と、当時の自分に突っ込みたいくらい。 だけど実際にブライダル業界に就職してみたら、仕事は思っていた以上に楽しい。  今は当初の動機を忘れちゃうくらい。「そのモデルの名前は?」 「さぁ? わかりません。年齢は若かったと思いますけど、もちろん私よりも年上でしょうね」 「もしかして、まったくなにも知らないの?」 驚きの声をあげる宮田さんに、私はゆっくりとうなずく。「あの時たまたまモデルをやっただけで、元々モデルとしての活動をしていなかったのかもしれませんし、今となっては探す手段もありません」 「そっか」 「とい

  • 解けない恋の魔法   第三章 憧れか、一目惚れか 第六話

    「あ、起きた?」 少しまどろむ、なんてかわいいものじゃない。  どうやら私はソファーで一時間以上ぐっすりと眠ってしまっていたようだ。「疲れてたんだね」 宮田さんがデスクから離れ、こちらへと歩み寄ってくる。  その顔はおだやかで、不機嫌な様子はない。「買ってきたものが冷めちゃったな」 「本当に申し訳ありません」 宮田さんにしてみれば、食事を買いに行って戻ってきたら私は寝ているのだからあきれただろう。  あぁ、もう……穴があったら入りたい、とはこのことだ。  恥ずかしさと申し訳なさで、真っ直ぐ宮田さんのほうを見ることすらできずにうつむく。「それにしても寝ちゃうとは。いい度胸してるよね」 「っ………」 機嫌を損ねなかったのは不幸中の幸い……などと勝手に思っていたけれど。  口調とはうらはらに、実は密かに怒っているのかもしれないと疑念を抱く。 宮田さんが怒ったところなんて、今まで見たことがないけれど。  こういうタイプは怒ったら怖い……とか?「それとも、僕を誘ってるってことだったのかな?」 隣に座った宮田さんを盗み見るといつもの笑顔を浮かべていたので、なぜかそれが私をホッとさせた。  ……怒ってはいないようだ。「ち、違います!」 「はは」 誘っているとか、100%冗談だとしても恐ろしいことを言わないでもらいたい。  冷静に考えてみたら、いつもこの部屋で私たちはふたりきりなのだから。「人生で最高に大切な思い出を、一緒に造ってあげたいのはわかるけどさ。ハードに仕事をしすぎたら身体を壊すよ?」 「……え?」 「雑誌で言ってたでしょ? この仕事を始めたきっかけ」 もうそろそろ失礼します、と頭を下げて帰ろうかと思っていた矢先だった。  宮田さんが不意にそんなことを言ったのは。 それって、例の……  私が袴田部長に騙されて載ってしまった雑誌の話だ。『新郎新婦のおふたりにとって、人生で最高に幸せで大切な思い出を私も一緒に造ることができたらと思ったからです』 あの質問と答えの部分だけ活字がほかより大きかったけれど、そこまでよく覚えてるなと感心してしまう。「あれは……実際にそう思ってる部分はありますけど、ほかにももっとあるんです」 「?……なにが?」 「この仕事を始めようと思った、不純な動機です」 私が苦笑いでそう言う

  • 解けない恋の魔法   第三章 憧れか、一目惚れか 第五話

    「朝日奈さんさぁ、晩御飯まだだよね? たしか、仕事の帰りだって言ってたもんね」 「……はい」 「じゃあ、今からなにか買ってくるよ」 「え?!」 ……なんですか、その唐突な言動は。  今、仕事の話をしていましたよね?  この人の頭の中のスイッチングが、本当にわからない。「けっこうです。お話が済めば失礼しますので」 「この近くにさ、遅くまでやってるテイクアウトのお店があるんだ」 すぐ買ってくるから、と笑みを向ける宮田さんに、人の話を聞いていますか?と突っ込みたくなる。「朝日奈さんはきっとお腹がすいてるんだよ。人って、お腹がすくと無意識に不機嫌になるからね」 一方的にそう言葉が放たれ、パタンと部屋のドアが閉まる。  急にシンと静まりかえる部屋。  突然ひとりでこの部屋に残されてしまった。  だいたい、去り際に言ったさっきのセリフはなんなのよ。  このイライラの原因は、空腹からきているとでも?  仕事終わりに呼びつけられ、おかしな発案ばかり聞かされればイライラしてくるに決まってる。  それを私が空腹だからだと思いこむあたり、ポジティブというかズレてるというか。 誰もいないのをいいことに、私はソファーの背もたれにダランと頭を乗せて、ぼんやりと天井を見上げた。  そのまま数分が経ち、宮田さんは仕事の相手なのだから、イライラさせられたとしても顔や態度に出しちゃダメだと少しばかり反省モードになる。  本当はあの人が、デザイナー・最上梨子なのだから。 やはり今日はエネルギーが足りていないのがいけない。  エネルギー不足だと、あの気まぐれイタズラわがままっ子には太刀打ちできない気がする。  なにを買いに行ってくれたのかわからないけれど、宮田さんが戻ってきたら、適当に理由をつけて今日はもう帰ろう。  こういうときは、仕事の話も仕切りなおすのが一番だ。 宮田さんが戻るのを待っていたはずなのに……  私の身体はまるで充電が切れたかのようにソファーに沈んで、挙句まどろんでしまっていた。  ふと気づいた次の瞬間には、身体の上にブランケットが掛けられていて。  それに驚いて、咄嗟に飛び起きるように上半身を起こす。「す、すみません! 私、寝ちゃってました」 部屋の奥にある仕事用のデスクに座る宮田さんを視界に捉え、あわてて頭を下げる。  

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